
これが白井智之だと……という驚きとも、困惑ともつかない感情を抱えながら読了。エロとグロとゲロが飛び交う空間を舞台に特殊設定ミステリーを展開してきた作者の過去作からすると、本作『名探偵のはらわた』はかなりマイルドな仕上がりで、読書友達にも普通に勧められる白井智之になっている。
『名探偵のはらわた』あらすじ
主人公は名探偵の助手を務める原田亘(はらだ わたる)、通称はらわた。物語は彼が3年付き合った恋人のみよ子から、実は実家がヤクザで父親は二次団体の組長だとカミングアウトされる場面から始まる。
地元のしがらみから逃れるため、岡山から東京に出てきて亘と知り合ったみよ子だったが、父親である組長は娘の彼氏に興味津々。「本気で付き合ってるなら、一度会わせろ」と娘を通して面会を求めてきた。
亘が尻込みして答えをはぐらかしていると師匠でもある名探偵から電話が入る。岡山で起きた事件を調査するため出張するから亘も一緒に来いというのだ。これ幸いとばかりに亘は岡山へ飛ぶ。
この岡山行きが彼の人生を変えてしまうことになるとは知らず。
『名探偵のはらわた』感想
どこをピックアップするか難しい
ちょっとした会話や地の文に潜り込ませた描写が解決パートで効いてくる。あちこちが繋がってる作品なのでヘタなところを切り出してしまうと、これから読む人の興を削ぐんじゃないかと心配だが、ギリギリのラインを突きながら紹介していきたい。
過去の凶悪犯罪と現代の犯罪が交差
『名探偵のはらわた』では超自然的な現象により、過去に凶悪犯罪を犯して亡くなった人間が鬼となって甦る。人鬼と呼ばれる彼らは現代の人間に取り憑き、生前に行ったのと同じ犯罪を再び犯す。
この設定が明かされるのは第1章の終盤になってから。それまではオーソドックスな探偵物として進むため、白井智之こういうのも書けたのか! と驚かされた。
第2章からは人に憑いた鬼による犯罪という特殊設定が活かされる。鬼は誰に取り憑いているか分からないうえ、途中で他の人間に憑依し直して前の依り代を捨てて逃げることもある。犯人が人間ではないゆえのトリックを探偵はロジックで解き明かしていく。
登場する犯罪・犯人は日本で実際に起こった凶悪事件をモデルにしているが、必ずしも現代に残された資料が事件の真実を書き残しているとは限らず、隠された真相が埋もれているケースもある。
「残された記録が真実とは限らない。お前の好きな古城倫道も実物とは違っただろ? もっと物事を疑え」
『名探偵のはらわた』
過去の事件を推理することが現代の事件を解決へと導くことにもなる。
今回はマイルドな白井智之
何度も繰り返してるが、今回は作者の過去作とは一線を画した、かなりマス受けに寄せた作風となっている。
デビュー作の『人間の顔は食べづらい』からして『新型コロナウイルス蔓延の影響により、慢性的な食糧不足になった日本で自分のクローンを作って食べることが合法化された』世界を舞台に『クローン人間の首を切り落としてお客さんに発送する仕事に就いている』人間が出てくる。
中心となる事件は「首を切り落として出荷したはずなのに、なぜか届いたケースから生首が出てきた」というもの。
その後も賛否両論のエログロゲロな世界観を構築し続ける白井智之。綾辻行人から鬼畜系特殊設定パズラーの二つ名を授かるに至った個性派作家だが、『名探偵のはらわた』はエロなし、グロほとんどなし、ゲロちょっと吐いてるけど吐き方が汚くないからヨシ!
こんなに人に勧めやすい白井智之は初めてだ。
はらわたが名探偵の助手から一本立ちする成長物語
『名探偵のはらわた』は亘の成長物語でもある。第1章では探偵として頼りなく、意気込みが空回りしてしまった亘が、名探偵に認められて探偵を名乗れるようになるまでの物語と要約することもできよう。
第1章の終盤とエピローグの2度、タイトル回収シーンがある。エピローグでの「はらわた」は新たな名探偵誕生の瞬間であり爽やかですらある。これ1冊で100人くらい死んでるはずなのにそんなこと感じさせないほど清々しい名乗りだ。
はらわたの成長を促す名探偵にも少年漫画のような熱い台詞がある。
「お前の推理には体温がない」
『名探偵のはらわた』
今回でキャラクター設定や世界観は固まったし、まだまだアレンジしたら面白そうな昭和の事件はたくさんあるし、売れ行きによってはシリーズ化もありうるのではないだろうか。昨今の流行りに乗ってコミカライズしても映えそう。